長嶋茂雄さん 死去 89歳 プロ野球 巨人の終身名誉監督
6月3日
NHKによると、プロ野球・巨人の終身名誉監督で「ミスタープロ野球」として知られる長嶋茂雄氏が2025年6月3日、89歳で死去した。
千葉県出身で立教大学から1958年に巨人入団。王貞治氏との「ONコンビ」で一時代を築き、首位打者6回、MVP5回など数々のタイトルを獲得。引退後は巨人監督を通算15年務め、1034勝を挙げた。2013年に松井秀喜氏と国民栄誉賞を受賞し、文化勲章も受章。2022年に脳出血で入院し療養を続けていた。
スポニチによると、今年3月15日には巨人とドジャースのプレシーズンゲームが行われた東京ドームを訪問。大谷を激励し、大谷も試合後に自身のインスタグラムを更新し、ツーショットを披露していた。
4月には阪神などで活躍した小山正明さんが亡くなり「コントロールの良さは抜群で天性のものと言われ、村山投手と並んで阪神を代表する名投手でした。淋しい限りです」とコメントを出していた。

読売新聞によると、1936年、千葉県臼井町(現佐倉市)生まれ。佐倉一高(現佐倉高)から立教大に進み、東京六大学リーグでは、57年秋に、当時の六大学記録を破る通算8本塁打の新記録を作った。
58年に巨人に入団し、打点王、本塁打王の2冠に輝いて新人王を獲得。翌59年には、初の天覧試合でサヨナラ本塁打を放つなど、無類の勝負強さで、ブームを巻き起こした。王貞治選手とのコンビは「ON」と呼ばれ、65年からのV9の中心選手として、黄金時代を築き上げた。
背番号「3」は巨人軍の永久欠番。74年、後楽園球場で「わが巨人軍は永久に不滅です」の名言を残し、17年間の現役生活に別れを告げた。同時に巨人監督に就任し、2度のリーグ優勝を果たした。93年に巨人監督に復帰。3度リーグを制し、94年と2000年には日本一に輝いた。01年に勇退し、終身名誉監督となった。

参考記事


(画像:NHK)